Saturday, October 8

『おいしいごはんが食べられますように』


十三夜もらった団子をこっそりと暗がりに捨て踏み潰す奴

『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子)を読んで。

多くの読者がこの小説を読んでもやもや感が残ったのではないか。

そのもやもや感の正体は何なのだろうか。気になるところ。

芦川さんの作ったお菓子を表面的にはおいしいおいしいと褒めながら陰で握り潰し捨てている仮面野郎の二谷か?

ひたすら善人キャラを演じながらしっかりと仕事の手を抜いて上司の覚えめでたく(結果的には)最後には敵を追い出して職場に居残り続ける芦川さんか?

あるいはお互いに本当の姿を見せないままに仲のいい恋人として付き合ってやがて結婚もしそうな二谷と芦川さんの不可解な関係か?

読者をスッキリとさせない終わり方が芥川賞的なのかも。

それから文学とは関係ないが、ペイ・フォー・パフォーマンスという考え方が浸透してくると、芦川さんのような人も「働かないおじさん」と同じようにあぶり出されてくる日は近いのかもしれない。

同僚が、先輩だから、高齢だから、いい人だから、病気持ちだから、家族を支えなければならないから、等々で、仕方ないと思っていた偏った仕事分担だが「働かない」という点では同じ。

本当のもやもやはこっちの方かな?