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Saturday, June 11

『いつかたこぶねになる日』


たこぶねの残せし貝の麗しく男ら悲しく空蝉に懸く


『いつかたこぶねになる日』(小津夜景著)を読んで。

漢詩の本は何冊か読んだがこんな本は初めて、もちろんいい意味で。

漢詩というと、伝統的に訓読を前提として読み味わってきた。作る人は、面倒な平仄のルールなどを覚えて作らねばならない。

明治期ならおおぜいの日本人が漢詩を作っていたのだろうが、今日では作る人は少ないだろう。短歌や俳句などに比べると、はっきり言ってマイナーな文芸である。

その漢詩を俳人である著者が、他の詩歌と分け隔てなく味わい、自作の訳詩を添えて解説したのが本書。

題名にある「たこぶね」は、きれいな貝殻を作るタコのことで、メスだけが貝を作り、やがてその貝を捨て去るという。

それを女性の自由な生き方の象徴ととらえたのが、アン・モロウ・リンドバーグだ。彼女の著作『海からの贈物』の1章に「たこぶね」がある。

著者は南仏に暮らしているそうだが、まさに「たこぶね」的人生を実践する人と言っていいだろう。

著者が、蘇軾の「春夜」につけた訳詩がすばらしい。

はるのよる

はるのよの ひとときは 
かけねなき ゆめごこち
春宵一刻値千金

きよらかに かおるはな
ほんのりと かげるつき
花有清香月有陰

うたげなす たかどのの
ほそぼそと ねはとどき
歌管楼台声細細

なかにわの ぶらんこに
しんしんと よはふける
鞦韆院落夜沈沈

(『いつかたこぶねになる日』(小津夜景)より引用)

Tuesday, January 11

いまだはを


いまだはをたくさんのこすはりえんじゆきつとそのねはすいみやくをしる

いまだ葉をたくさん残すハリエンジユきつとその根は水脈を知る

二子玉川。用水路の跡と思われる散歩道。何本かのハリエンジュが立ってるが、そのうちの一本だけがまだ葉を残している。それも少なからず。根が水を十分に吸い上げることができるからだろうか。

Saturday, December 4

こはるびを


こはるびをせなかにうけてぐちをきくわたしはそつとふぢだなをみる

小春日を背中に受けて愚痴を聞く私はそつと藤棚を見る

兵庫島のベンチで。同じ立場であればその愚痴に私も心が動いたであろう。愚痴は悪口ではないが、やはりどこかでそれは止めなければならない、無限のループに陥る前に。枯れかかった藤棚をそっと見上げた。


うまれてもひたすらたへてしゆしのこすそれもいつしやうなづなのやうに

生まれてもひたすら耐へて種子残すそれも一生ナズナのやうに

『したたかな植物たち』を読む。ナズナは、秋冬はロゼットで地面に張り付いて寒風に耐え、春になると大急ぎで茎を天に伸ばし花を咲かせ種子を残してあっという間に消えていく。短い波乱の一生だという。(個体によっては秋まで花をつけているノンビリ屋さんもいるらしいが・・)

Tuesday, August 31

らいおんも


らいおんもこごろしするとふぜがひでもおのがいでんしのこさんとして

ライオンも子殺しするとふ是が非でもおのが遺伝子残さんとして

動物で子殺しをするのは人間だけではないらしい。すべてオスが自分の遺伝子を残すための所業だとか。


おそろしきせあかこけぐもそのをすはかうびののちにみをあたふとぞ

恐ろしきセアカコケグモその雄は交尾の後に身を与ふとぞ

最近名前をよく聞くセアカゴケグモ。そのオスは遺伝子を残すために自分自身を差し出してメスの栄養となるとか。