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Wednesday, June 21

ムクゲの花


この川の川下に住んでいたころの僕には木槿も眼中になく

15年ほど前、僕は一つのことに囚われて生きていた。今から思えば愚かな時間だったが、人生にそういうひと時があってもいいと思う。

今、川沿いの道にムクゲの花を見つけた。鶴見川の夏。

Sunday, June 18

テイカカズラの花


花びらのそばに蕾も枯花もテイカカズラは咲き急ぐ花

用賀で見かけた花。垣根にたくさん咲いていたが、気忙しい感じの花だなと思った。

梅雨の中休みの午後。

Monday, June 12

ホタルブクロ花


虫ならばホタルブクロの花の中に宿って余生を過ごしてみたい


降りみ降らずみの雨。久しぶりに用賀の庭園を歩いた。白いホタルブクロの花たちが雨に濡れそぼっている。

花の中で雨宿りしている虫もいるのかなあと思いながら…。

Sunday, April 23

ナンジャモンジャの花


青山の練兵場も夢の跡ナンジャモンジャの木だけが残る

ナンジャモンジャとは、何でふものぢや(何というものだ)が訛ってできた名前だという。

青山練兵場のヒトツバタゴの木を見て、誰かが言った言葉がこの木の名前となったという説がある。

明治神宮外苑(青山練兵場の跡地)にあるナンジャモンジャの親木はもともと六道の辻にあったものを植え替えたそうだ。

六道の辻あたりの町並みはほぼ消滅しているので、土地の「生き証人」と言えなくもない…。

Monday, April 17

フジの花


急な雨通り過ぎたら青空がさっと広がり藤の花咲く


最近の天気予報は当てになる。

都内では予報通り好天が崩れて急な雨。雹が降ったところもあったようだ。

気がつくともうフジの花が咲く頃になっていた。

Tuesday, April 11

モッコウバラの花


この花に香りがないのはよかったねモッコウバラに覆われた家


モッコウバラの花が咲き出している。

散歩の途中で見かけたモッコウバラの家。
香りがすごいんだろうなと思ったが、ネットで調べると八重の黄色い花には香りがないそうだ。


Monday, April 10

ツルニチニチソウの花


道端のツルニチニチソウの花の中コソコソ隠れておったか小蜘蛛


猪方用水の跡を歩いていると道端にツルニチニチソウが繁茂していた。近寄って紫の花を見て写真を撮った。

後からよく見てみると、蕊だと思ったのは小さな蜘蛛だった。

頭のあたりにあるのはなんだろうか?

多摩川の堰。風が強かった。

Sunday, April 9

『半七捕物帳 年代版1』(お文の魂)


半七が思案しながら歩く江戸気づけばそこは東京の街


『半七捕物帳 年代版1』を読んで。

「半七捕物帳」を読む愉しさは人それぞれだろうが、私はとりわけその地理に関心を持つ。もちろん、そのストーリーの面白さがあっての上での話だが。

作者の岡本綺堂が参考にしたのが「江戸切絵図」(「切絵図」)。この地図は概念図であって、実際の地理を知るには明治になって作成された「東京図測量原図」(「東京図」)や「迅速測図原図」(「迅速図」)等と比較してみなければならない。

年代的には20〜30年経っているが、地理的にはそれほど大きな変化はなかったように思う。

さて、この作品集は年代順の構成になっているのだが、「お文の魂」は半七がはじめて登場する作品なので例外的に冒頭に置かれている。

舞台となっているのは小石川西江戸川端(現在の文京区水道1、2丁目あたり)にある小幡伊織という旗本の屋敷。

そこにお文という幽霊が出るという話から本作は始まるのだが、その屋敷には百坪ほどの古池があり、池浚い(掻掘)をしている。

東京図を見ると確かにこのあたりには池が多い。後背の高台からの湧水もあったようだ。低湿地だったのだろう。幽霊には好適?の地。

半七たちは、音羽→安藤坂→本郷→池の端と歩いて目的地の下谷の浄円寺に至ったと書いてある。本の注釈によると浄円寺は明治初年まであったそうで、切絵図にもその名がある。作者もチェックしてその名を作中に入れたのであろう。

結局、黒幕は浄円寺の生臭坊主だったのだが、伊織の妻がまったくの無実だったかは読者の想像に委ねられている(たぶんよろめきかかったのであろうが、綺堂はそんな野暮な詮索はしない)

切絵図と東京図を見比べて、彼らはこんなコースを歩いたのではないだろうかと想像した。

音羽→神田上水沿いの道(明治には暗渠化)→安藤坂(上る)→伝通院前右折→善光寺坂(下る)→小石川(谷端川とも言う、越える)→東大下水(白山通り、越える)→新坂(上る)→中山道・千川上水(本郷通り、越える)→水戸殿と加賀中納言殿の屋敷の間(切絵図には道はない、現在の東大工学部と農学部の間、言問通り)→暗闇坂(下る)→浄円寺(現存する宗賢寺の隣にあった)

いたるところに「水」があるのは興味深い。そのうち実踏してみたい。

Tuesday, April 4

ヤマブキの花


崖下の暗渠の小道にヤマブキの花咲くしっかり余所見をせよと



水窪川の暗渠道。池袋から都電の線路を越えて江戸川橋まで。ビル群や新旧の住宅の間を縫うように小道が続く。

高低差のある崖の下を通ることが多い。崖上の丘に上がるには何段もある階段を上らなければならない。

道の両側は住宅が密集しているので急に長い階段が現れてくる。

Saturday, March 18

マボケの花


遠目には清楚な花に心せよ寄れば刺されるマボケの棘に


茂みの中に白地に薄いピンクの花が咲いていた。バラかと思って近づいてみると鋭い棘に刺された。キレイな花には棘がある。

マボケの花。バラ科。カリンのような果実ができるという。その頃にまた来てみたい(棘に用心して)。

Friday, March 17

『シンプルで合理的な人生設計』


探しても見つけられない青い鳥は心の中の物語に棲む


『シンプルで合理的な人生設計』(橘玲)を読んで。

例によって橘玲さんの文章は身も蓋もない。本書も多くの人にとっては「不都合な真実」かもしれない。

「幸福」を、金融資本、人的資本、社会資本の総体として定義したときに、その3つから隔絶して生きている人たちにとって本書は面白くも何ともない本となるだろう。

貯金や資産はない、いい仕事にもありつけない、恋人も友だちもいない、そんな人がこの本を読んでも絶望や怒りしか湧いてこないのでないか。

何かの「陰謀」で自分からそれらが奪われていると憎悪を膨らませるか(手製銃の暗殺者のように)、「親ガチャ」思考で親が悪いと諦めるしかないのでは…。

成功するための資質(知能や運動能力、あるいは性格なども)は、かなり遺伝で決まっているという。だから能力や才能のある人は一時の不遇があってもいずれは頭角を現して成功の道へ進む(途中で投げ出さない限り)。

つまり、親から資産や人的資本を譲り受けるか、遺伝的な「ギフト」をもらっていない多くの人間にとって成功への道は厳しいということになる。

幸せは、お金ではない、恋人や友だちに恵まれてなくても、一人ぼっちでも自分のしたいように生きるのが幸せです、という幸福論もあるだろうが、本書はそういった弥縫の考え方は取らない。

一昔前なら、俺には金融資本も人的資本もない(貯金なしで低賃金)が、大事な家族がある(社会資本がある)という幸福論もあったのだろうが、今は低収入だと結婚も難しい。

つまり、幸福な人は、その3つの資本すべてを手に入れて、不幸な人はすべてから遠ざけられている(というか、それが「幸福」と「不幸」の定義となっている)。

実態的には、金融資本→人的資本→社会資本というベクトルがあるように思う(親が裕福かどうかが大きな決め手)。

この、ある意味当たり前の現実の中で、私が本書から得た教訓?は、

よく眠る、散歩する、好きな仕事を死ぬまで続ける、親密な人間関係を維持する、投資するならインデックスファンド…

ぐらいだろうか…。シンプルではある。


シキミの花


ふと見ると人家の生垣にシキミ咲く気づかぬままに幾年月か


あちこちに花が咲き出している。ふらふらと花を見ながら近所を歩いていたら人家の生垣に白い花が咲いていた。

まさかと近寄って見るとシキミの花。

墓地などではよく見るのだが、ふつうの家の生垣になっているとは…。

その実は猛毒だというが、どうするのだろうか?

過去の写真だが、形がけっこう禍々しい。食べたら怖いぞ!と主張しているかのようだ。

Thursday, March 16

シデコブシの花


年ごとに紙垂とは聞こえず死出と聞くシデコブシの花まねくがごとく


シデコブシの花が満開。シデとは紙垂、つまりサカキの枝や串などに垂らす紙片や布のこと。

拝めば霊験あらたかかも…。

Wednesday, March 15

ソメイヨシノの花


こんな偶然あるかと思った昨春の出逢いは事無くまた桜咲く


3月末から4月の初めにかけては毎年様々の別れと出会いがある。

歳を取れば取るほどそれらは淡白となっていくのだが、それでも心が波立つときもある。

心が波立ってもすぐに波は凪いでしまってそれっきりというのが寂しい…。


Tuesday, March 14

ハナズオウのつぼみ


枝々につぼみ膨らむ花蘇芳おそらく一番美しき頃


いつの間にかハナズオウの豆果が消えて枝々につぼみが膨らんでいる。

あまり目立たない花だが、花が咲く前のつぼみたちは生命力が満ち溢れていて、美しいと思う。

この木が豆果だらけになるとまた秋になっている…。

Monday, March 13

サンシュユの花


またここに戻ってきたかとサンシュユの花咲く裏道ゆるりと向かう


2年前まで通っていた裏道。またその道を歩くことになりそうだ。

ひっそりと咲いていたサンシュユの花。何度も眺めながら歩いたことを思い出す。

〈おかえり〉と言ったかどうか…。

Friday, March 10

シモクレンの花


あられもないものの如くに木蓮の白き花弁の奥に蕊あり


木蓮の花。私が知っている木蓮(シモクレン)は花弁の内側がもっと紫だったような気がするのだが…。

中の花芯まで観察できることはあまりないので、近寄って覗いてみた。

いつもは隠れているものを見る行為はなんとなく疚しいのは、なぜだろうか?

六根清浄!

Wednesday, March 8

ハクモクレンの花


燦々と空から降り来る陽光に白木蓮咲く湧き立つ如く


ここ二日ほどの陽気のせいで、あちこちのハクモクレンが一斉に花を咲かせている。

花々の歓喜の様が見て取れる。聞こえない歌を歌い、見えない踊りを踊っているに違いない。

恩寵のような光…。

Thursday, February 23

林試の森の河津桜


そこだけは春の盛りと人集う河津桜の花咲く森に



林試の森は何度も出かけた公園だが、河津桜の名所とは知らなかった。

この時期に初めて歩いてみて河津桜の花と出逢うことができた。

花との出逢いもまた一期一会。

枯木ばかりの森の中を歩いていると、花咲く広場のような場所があって花見の人々がいい感じで集まっていた。場所柄外国人も多い。

落ちた花びらを拾ってポリ袋に集めている子どももいた。花びら狩り?

Friday, February 17

白梅の花


白梅の花々しばらく見比べて清楚な一花を「推し花」とする



十数年ぶり(もっと前?)に蛇崩川緑道(三軒茶屋〜中目黒)を歩いた。まだ花のない季節で白梅が一番目立っていた。

以前は佐藤佐太郎の歌に感化されて歩いたのだが、今回すっかり忘れて彼の歌碑も見落としてしまった。

晩年の佐藤佐太郎が散歩したときにはまだ蛇崩川は開渠で流れていた。

川沿いの道を歩いたのだろうが、たぶん土の道でのどかな風景だったのだろう。

左岸が丘になっていてそこに上る坂もわりと急で足弱の老人にはきつかったのではないか。

最晩年の歌に、

近く死ぬわれかと思ふ時のあり蛇崩坂を歩みゐるとき

というのがあるが、彼の散歩のお供は「死」だったのかもしれない。

蛇崩坂という名前の坂はないようだ。