Monday, October 10

ケイトウの花

近づいて覗いてみるとにぎやかな声がしそうな鶏頭の花


鶏頭の花。トサカではないので鶏頭ではないが、一応その仲間らしい。

にぎやかな感じで、これは子規が好んだ鶏頭ではないだろう。

Sunday, October 9

サンショウの実


荒屋敷道端に木々あふれ出てなかには山椒の実なども交じる


暗渠道を散策していたら荒屋敷があった。昔からの家らしい。

何種類かの庭木に混じって山椒の木があった。よく見ると実が少し。

通り道なので誰か取っていく人がいるのだろうか?

Saturday, October 8

『おいしいごはんが食べられますように』


十三夜もらった団子をこっそりと暗がりに捨て踏み潰す奴

『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子)を読んで。

多くの読者がこの小説を読んでもやもや感が残ったのではないか。

そのもやもや感の正体は何なのだろうか。気になるところ。

芦川さんの作ったお菓子を表面的にはおいしいおいしいと褒めながら陰で握り潰し捨てている仮面野郎の二谷か?

ひたすら善人キャラを演じながらしっかりと仕事の手を抜いて上司の覚えめでたく(結果的には)最後には敵を追い出して職場に居残り続ける芦川さんか?

あるいはお互いに本当の姿を見せないままに仲のいい恋人として付き合ってやがて結婚もしそうな二谷と芦川さんの不可解な関係か?

読者をスッキリとさせない終わり方が芥川賞的なのかも。

それから文学とは関係ないが、ペイ・フォー・パフォーマンスという考え方が浸透してくると、芦川さんのような人も「働かないおじさん」と同じようにあぶり出されてくる日は近いのかもしれない。

同僚が、先輩だから、高齢だから、いい人だから、病気持ちだから、家族を支えなければならないから、等々で、仕方ないと思っていた偏った仕事分担だが「働かない」という点では同じ。

本当のもやもやはこっちの方かな?

Friday, October 7

『カモメの日の読書』


カモメ来よ本を開けば純白のページの海に一青沙鴎

『カモメの日の読書』(小津夜景)を読んで。

『いつかたこぶねになる日』と同じく漢詩エッセーとでも言うべき作品。こちらの方が先の出版。

各篇ごとに漢詩をめぐる作者の漢詩的日常が描かれている。フランスでのノマドのような暮らしぶりが小気味よい。

作者は『フラワーズ・カンフー』で田中裕明賞を受賞している俳人だが、その出発点に漢詩の世界が大いに関わっていたことは興味深い。

いずれも自由自在なタッチで書かれていて愉しいエッセーなのだが、「水のささやきを聞いた夜」と「言葉にならないさよなら」で交わされる頼山陽と愛人の江馬細香の漢詩「相聞歌」のように漢詩人たちの人生を垣間見せるものもある。

驚いたのは、作者が子どものときに本を声に出して読むと、母親がリコーダーでただちにそれを曲に変える遊びをしていたという話。

母から娘への芸術的「ギフテッド」。この人の文才はお母さんの魔法で生まれたのかなと思ってしまった。

Tuesday, October 4

オシロイバナの実


黒い種子集める子どもに誰かの声オシロイバナは有毒ですよ


オシロイバナが黒い種子をつけていた。

これを割ると中に白い胚乳の粉があり、それを白粉に見立てる遊びからこの名前がついたという。

その遊び方を紹介するHPに「オシロイバナは有毒だと聞くが顔に塗っても大丈夫なのか」という声がよせられていた。

害はないとのことだが、親たちは慎重になるね。

Monday, October 3

ニオイテンジクアオイの花


まあなんてこてこての顔恥ずかしくないのとそばで睨んでる花


たぶんニオイテンジクアオイの花。横から見るとさらに奇抜な形をしているが、虫から見ると魅力的なのかもしれない。

ちょっと擬人化してみたくなった。

Sunday, October 2

コットンボール


細々と咲いてた綿の花もやがて綿の実がつくふもふの玉


いつも行く緑地公園に咲いていた綿の花に綿の実がついていた。

もふもふとしていたので触ってみたくなったが、見るだけにとどめた。

芭蕉が読んだ句に。

名月の花かと見えて棉(わた)畠

というのがあるが、芭蕉が伊賀の月見の宴で詠んだ句らしい。

当時の中秋の名月は今の暦だと10月3日だというからまさに今頃の句。

月光を浴びて広々とした綿畑の実綿が花のように輝いていたのであろう。