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Sunday, November 20

アジサイの帰り花


紫陽花もやがて落葉する季節忘れたように咲く帰り花


アジサイはまだ緑の葉を保っているが、もうそろそろ落葉の時期。

見ると花(装飾花も)をつけているものがあった。他にはなさそうだが、これも帰り花なのだろう。

Saturday, May 14

イチゴ


草茂る玄関先に白い花 忘れましたかイチゴの実のこと


いつもの通り道。雑草天国となっているとある玄関先。ふと見ると白い花と赤い実。おそらく普通の栽培用のイチゴではないだろうか。

これを植えた人は、もう家にはいないのだろう。

Monday, April 4

散る桜

ちるさくらながむるたもなくつよきあめいちにちふりしきさくらもわする

散る桜眺むる間もなく強き雨一日降りしき桜も忘る

今日は一日中冷たい雨が降り続いていた。桜の散り際を眺める余裕もなく一日が終わってしまった。

春の心は長閑ではいられない。

Wednesday, March 23

ナズナ


別れにも様々ありて年度末ナズナの花見て思案を忘る


年度末、いつものようにいくつもの別れがある。形式的なものもあれば、深刻なものもある。よく通る道なのに今日やっとナズナの花に気づいた。来年にまたこの花々を見たときには今の別れもすっかり忘却の彼方か。

Saturday, February 19

『独ソ戦』


戦争の顔はおそらく女でも男でもない顔のない顔


『独ソ戦』(大木毅著)を読んで。

戦争について書かれた本を読むとしばらく何とも言えない感情にとらわれる。それは怖れかもしれないし、怒りかもしれない。

この本は、独ソ戦がスラヴ人の絶滅を目指す「絶滅戦争」であったと説く。80年前の人たちがそんな「野蛮」を信じていたことに愕然とするが、今当たり前のように語られる「多様性」の議論もつい最近の潮流だと気づかされる。

戦争も恐ろしいが、それよりもその根っこにある思想が怖い。人間の恐ろしさは「正義」の恐ろしさ。

Thursday, September 16

としごとに


としごとにおもひいだせぬなのふえてしればなつかしきやぶめうがのみ

年ごとに思ひ出せぬ名の増えて知れば懐かしき藪茗荷の実

林の中を歩き回っていたころ、よく見かけたヤブミョウガ。その名前を知って過去へのつながりがもどってきた。


なつすぎてひともわするやまどのそとだいだいいろのごーやぞたるる

夏過ぎて人も忘するや窓の外橙色のゴーヤぞ垂るる

夏の間は日除けカーテンとなっていたゴーヤの葉もすっかりまばらになって、その中に橙色の巨大な実がぶら下がっている。