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Tuesday, April 12

ケヤキ


四月だというのに夏日見上げるとケヤキの芽吹きに遅速の差あり


冬のあいだ裸だったイチョウとケヤキの木。それぞれ芽吹きが始まっているが、イチョウのほうが一様に芽吹いているのに対してケヤキはあちこちバラバラに塊になって芽吹いている。気(木?)性の違いか?

Wednesday, December 8

けさのんだ


けさのんだびたみんえーのせいなのかいちやうのくわうえふやけにまぶしい

今朝飲んだビタミンAのせいなのかイチョウの黄葉やけに眩しい

サプリメントの効果というのはなかなか実感できないのだが、私の場合ビタミンAは別格で、飲むと色が鮮やかに見えるようになるようだ。


あめにちるいちやうのらくえふふぜいありなどといふひとさうぢしたら

雨に散るイチョウの落葉風情ありなどと言ふ人掃除したら

落葉があるところには掃除人あり。掃いても掃いても落ちてくる落葉は面倒なもの。とりわけ雨後のイチョウの葉は路面にこびりついて大変らしい。

Thursday, December 2

ひよどりは


ひよどりはけんくわがだいすきけふもまたはだかのいちやうでなはばりあらそひ

ヒヨドリは喧嘩が大好き今日もまた裸のいちやうで縄張り争ひ

ヒヨドリはあの甲高い声でよくケンカをしている。裸のイチョウの木で二羽のヒヨドリが必死で縄張り争いしているが、その場所を死守する価値があるのだろうか。闘争のための闘争?

Sunday, November 28

えきまへの


えきまへのいちやうなみきのみきなぜかおほくはおなじむきにかたむく

駅前のイチョウ並木の幹なぜか多くは同じ向きに傾く

見慣れた駅前のイチョウ並木。ふと見ると多くの幹が同じ方向に傾いているのに気づいた。日当たり?風向き?あるいはイチョウの勝手?


かくさたとへきよこうであるとおもつてもからだはきよこうのゆめからさめず

格差たとへ虚構であると思つても身体は虚構の夢から醒めず

『格差という虚構』読了。いくら格差が虚構だと言われてもその「虚構の夢」から醒めるのは容易ではない。それはある種の悟りのようなもの。人が格差から本当に解放されるのは、死の時か。

Wednesday, November 24

いちやうのき


いちやうのきくわうえふぐあひはくわんきやうかあるいはゐでんしはたまたぐうぜん?

イチョウの木黄葉具合は環境かあるいは遺伝子はたまた偶然?

病院の敷地のイチョウ並木。きれいに黄葉している。樹形も美しい。彼らの「成功」はどこから来るのか。環境か、遺伝子か、あるいは偶然か。そんなことを考えるのは、今読んでいる『格差という虚構』という本のせい。イチョウにも「格差」があるにちがいない。

Monday, October 25

あるいへの


あるいへのにはになにかのわかめありてやうやくにはきのきられしをしる

ある家の庭に何かの若芽ありてやうやく庭木の伐られしを知る

いつもの通り道。家の庭に何かの若芽が数本出ている。そこにはユズリハの木などが植えられていたことに気づいた。


ならびたつけやきといちやうはをへらしほねぐみまたかさならず

並び立つけやきといちやう葉を減らし枝の骨組みまた重ならず

イチョウとケヤキが並んでいる広場。同時に落葉が進んでいるが、枝の骨組みもきれいに空間を分けている。

Thursday, October 7

やまちかき


やまちかきたかをのえきよりみはらせばいちやうのなみきはすゑきばみたり

山近き高尾の駅より見はらせばいちやうの並木は末黄ばみたり

高尾の駅のホームからの光景。山に近いだけあって寒暖差が大きいのか、イチョウ並木の梢がすでに黄葉している。


かはらにはすすきとせいたかあわだちさうなはばりあるがごとくにわかる

河原には薄と背高泡立草縄張りあるがごとくに分かる

かつて外来種のセイタカアワダチソウが在来種のススキを駆逐すると心配されたことがあったが、そうでもないらしい。

Thursday, September 30

あれはてし


あれはてしにはこそよけれなにしおふはきだめぎくのはなさもきたり

荒れ果てし庭こそよけれ名にし負ふはきだめ菊の花も咲きたり

近所に荒れ果てた庭があるが、いろいろな草が繁茂して雑草天国となっている。牧野博士がはきだめで見つけたという花も咲いていた。


ろめんにはふみちらされしいちやうのみたねのみとりさるひとありぬべし

路面には踏み散らされしいちやうの実種のみ採り去る人ありぬべし

職場のまわり。イチョウの実で路面が汚く汚れている。雌イチョウがこんなところにと思ったが、知る人ぞ知る狩り場かもしれない。

Monday, September 27

しにづたの


しにづたのそのままかべにはりつきてかばねのごとくみをさらしをり

死に蔦のそのまま壁にはりつきて屍のごとく身を晒しをり

壁に這い上がるキヅタを根元から切ってしまった家の壁。ツタのからまる・・というわけにはいかないのだろうが。


こうゑんのけやきといちやうならびたちなかよくそらをわかちあひたり

公園の欅と銀杏並び立ち仲よく空を分かちあひたり

樹木もまた光を求めて競争している。末広がりのケヤキと円錐形のイチョウの樹形を考えて並べて植えたのだろうか。

Saturday, September 4

たいりんの


たいりんのひまはりかうべをおもくたれふたたびひのめをみることありや

大輪の向日葵頭を重く垂れ再び日のめを見ることありや

大きな頭のヒマワリの花。盛夏にはしっかりと太陽をとらえていたのであろう。焼け焦げたように頭を垂れている。


いちやうのみさらにじゆくしてきみまじるいつまでなくやつくつくぼふし

いちやうの実さらに熟して黄みまじるいつまで鳴くやつくつくぼふし

九品仏の浄真寺。大イチョウの木の実が目立つようになってきた。境内にはツクツクボウシが切羽詰まったように鳴いている。